京都記念と共同通信杯回顧とか

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ども直江です。せっかくの三連休なので少し小話を。

皆さんの暇つぶしになればなと。
まずは京都記念
12.9 – 11.2 – 13.1 – 13.1 – 13.0 – 12.2 – 12.2 – 12.0 – 11.9 – 11.1 – 12.1
と青い所をみてもらえば分かると思いますがこの部分が緩すぎる。過去の京都記念を見てもここまで緩むのはなかったかと。
道中緩みすぎているので勝負所では赤い所(ラスト2f目)でペースアップが入るのは必然的だったかと。
この0.8がブラックバゴには致命的で。
池添騎手は遅い所で押し上げて前に取り付いていたのでそれ以上求めるのは酷ですがちょっと道中で脚を使いすぎたかな。
ただそれでも後方からとなっても道中緩みすぎているし勝負所ではペースアップも求められているのでブラックバゴには厳しかったなと思います。
ブラックバゴが好走した今迄の4f
2018年 中山金杯 
11.7 – 11.5 – 11.6 – 12.2

アンドロメダS
12.0 – 11.7 – 11.9 – 12.2
五稜郭S
11.6 – 11.7 – 11.7 – 11.9
と見てもらってもペースアップな殆ど無いラップで好走してきているのが分かるかと。
そして今回の京都記念で想定していたラストも
12.3 – 12.0 – 11.9 – 12.0
という感じの想定をしていたので外れて当然というかこれでもし当たってもそれは僕の馬の見方が間違っているという証明になってしまうので納得の外れ。
これで外れたから僕の中でブラックバゴと言う馬は瞬発力はないけど持続力がある馬っていうのが確信出来た訳です。
これを次に活かせるかと言うのが次の僕の課題。
まぁ意図的にきったマカヒキとパフォーマプロミスが馬券内に来たと言うのが想定と異なった事の証明にもなっているかなーと。
ダービーを勝ったマカヒキは瞬発力に優れた馬なので。3着だったのは距離かなと。
次に共同通信杯。
僕は馬券的には買わなかったのですが一応回顧を。
13.1 – 11.7 – 12.3 – 12.4 – 12.0 – 12.0 – 11.2 – 11.0 – 11.1
とスローからの瞬発力とトップスピード比べ。
勝馬ダノンキングリーとアドマイヤマーズは2着でしたがその敗因を。
ダノンキングリーはディープインパクト産駒らしく良質な瞬発力とトップスピードを見せてくれました。上がりが32.9というスピードで。
ただ馬それぞれトップスピードの限界値と言うのがあると僕は思っていてその良質なトップスピードと瞬発力を子に伝える能力があるのがディープインパクトだと考えているのでダノンキングリーが強かったと言うよりは今の高速馬場で32.9というスピードを持っていたから勝てたのかなと思っています。
反対にアドマイヤマーズはダイワメジャー産駒でトップスピードにはディープインパクト産駒には敵わないかな?という懸念があったので馬券も見送りました。
僕の中のダイワメジャー産駒はトップスピードや瞬発力はディープインパクト産駒には敵わないですがそのかわりに持続性がある脚を使える産駒が多いのかなと思っているので。
他にもディープインパクト産駒とは逆で力強い走りで馬場が悪くてもパフォーマンスを落とすこともないのも特徴かなと。
ディープインパクト産駒は軽い走りをする馬が多く今日のような高速馬場なんかはもう大好物。
アドマイヤマーズがダノンキングリーより弱かったのではなくその辺りの差が出た共同通信杯だったなと。
まぁもう一つ小話を入れるとナイママの柴田大地騎手。いつも一生懸命に馬を追っている姿は個人的に好感が持てます。
柴田大地騎手は下積み時代が長く今のように中堅騎手になるのに凄い時間のかかった騎手で初G1はマイネルホウオウのNHKマイルカップ。あの時の号泣には感動しました。
2年目の1997年6月29日、ラジオたんぱ賞をエアガッツで制して重賞初勝利。しかしこの重賞勝利の直後に、当時の師匠である栗田の反対を押し切って競馬新聞記者との結婚を強行し、これが原因で栗田厩舎から解雇処分(破門)されてしまいフリーの騎手となった。この事件を境に騎乗数が減り始め、次第に勝てなくなり、調教助手の転進を進める声も出るほどだったそうで。

2003年以降は、勝利数がひと桁台にまで落ち込む。2005年12月10日、騎乗数確保のため障害競走に初騎乗[10]。以後、平地競走・障害競走の双方で騎乗するようになる。2010年7月10日、ディアディアーで福島ジャンプステークスを勝ち、障害オープン特別競走初勝利、並びに前述のラジオたんぱ賞以来となるオープン競走勝利を挙げた。

平地競走では2006年から2008年まで平地競走勝ち鞍ゼロと大苦戦するが、2008年8月3日新潟競馬第11競走の北陸ステークスでダイイチミラクルに騎乗して2着に入り、それを機にミルファームの所有馬に騎乗するようになる。そしてミルファーム代表の清水敏が以前ビッグレッドファームに勤務していたことで、その縁は岡田繁幸にまで広がり、マイネル軍団の馬にも騎乗するようになった[11]

2011年6月11日マジェスティバイオ東京ジャンプステークスを勝ち、障害重賞初勝利、14年ぶりの重賞勝利を果たす。7月2日マイネルネオス中山グランドジャンプを勝ち、GI(J・GI)初制覇。勝利騎手インタビューでは「騎手を辞めなくてよかったです」と語り、涙を流す一面もあった。この勝利を機にマイネル軍団からの騎乗依頼はさらに増え、2006年に52回まで落ち込んだ騎乗回数が、この年はデビュー以来最多となる493回に伸びた[12]

2012年3月4日コスモオオゾラ弥生賞を勝ち、5362日ぶりの平地重賞勝利を収めた。これはグレード制導入(1984年)以降、最長間隔での勝利となった[13]。またその騎乗ぶりを岡田は「好位にとりついて、なだめるのがうまい」と称賛した[14]4月14日、マジェスティバイオで中山グランドジャンプを勝ち、同競走連覇を達成した。

2013年5月5日マイネルホウオウNHKマイルカップに勝ち、自身200勝目を平地GI初勝利で飾った[6]1984年のグレード制導入以後、平地・障害両方のGIを制した騎手は他に熊沢重文がいる[6]。年間騎乗数も858回となり過去最高となった。

とwikiから拝借。

とやっぱりどんな時もひたむきに頑張っていれば報われるんだなと柴田大地騎手を見て励まされたり。

今だと騎乗見て柴田大地騎手はいつも変な所で仕掛け始めるなーとか色々愚痴をこぼすのはそんな姿下積み時代を見て応援しているからかなと。応援してなかったら何も言わないわけでね。

あの横山騎手だってG1初騎乗の1988年の皐月賞ではメイブレーブに乗って進路妨害で失格。

誰だって初めは上手くいかないのだから僕も腐らず頑張って行こうと思う。

月曜日はグリーンチャンネルも無料だしまた来週も再来週も競馬はあるからね〜。


Source: キースの競馬レース♡予習

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